お年始1回目は陣様です。
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陣内さん回も面白いです。
見逃した方はTVerで。「中川家やケンコバと比べて同期の中で自分だけが何もなかった」
そんな陣内さんが行き着いた先は、どんな大御所とも共演できる最強の2番。
陣内智則が天狗時代を語る&M1反省会延長戦!#やすとものいたって真剣ですhttps://t.co/0AIeNeY05B
— 中村光 ABCテレビ (@nakamura8hikaru) January 7, 2021
やすとものいたって真剣です 概要
海原やすよ ともこが“いたって真剣”に語り合うトークゲストは、才能あふれる芸人が揃う大阪NSC11期生の陣内智則!
様々なメディアで活躍し、今やお笑い界を代表するピン芸人となった陣内だが、かつてはリミテッドという名のコンビを組んでいた。
同期の大阪NSC11期生は才能あふれる個性豊かな芸人揃い。
「ケンコバは“大喜利力”、たむけんは“人気”、中川家は“漫才”と、みんな強みがあったけど、
僕らは何のとりえもなく、ウケなかった」と明かす。
当時、陣内と同じく心斎橋筋2丁目劇場に出演していたやすともも「2丁目時代は陣君の印象がない」と言うほど。
さらに、「リミテッドを見たら不幸になる」「リミテッドが出ると良くないことが起こる」というウワサまで囁かれたという。
「ホンマについてなかった」と、初めてのレギュラー番組で起こった残念すぎるハプニングや、
その後の辛すぎる出来事など、地獄の“2丁目時代”を振り返る。
「周りがスゴ過ぎた。武器もないのに戦場で戦うのが恥ずかしかった」という2丁目時代。
「ダラダラしていてはダメだ」と、コンビを解散。「周囲の人に助けられた」という陣内が語る、
ピン芸人の道を歩むことになったいきさつとは?
その後、大阪で帯番組を5年にわたり担当。戦場の東京とローカルの大阪を往復していた当時の胸中や、
大御所に物怖じせずにツッコむスタイルのきっかけになった大物芸人とのエピソードまで、陣内の芸人道にやすともが迫る!
奥さんのネタを忘れたMワン敗者復活戦勝者
やすとものいたって真剣ですのネタバレと感想
陣内智則 売れない漫才師から売れっ子ピン芸人の道
陣内智則さんは、NSCの同期が中川家、たむらけんじ、ケンドーコバヤシ、藤井隆、
NSC以外でも、この番組の司会のやすとも等、早くから活躍する同期が揃ってました。
陣内さんは「リミテッド」という漫才コンビを組んでたそうですが、
…知らん(汗)記憶にございません。
同じ舞台に立ってたやすともさん達も記憶に無いなら、
「2丁目追っかけギャル」でもない私が覚えてるわけがない。
リミテッドはこれと言うものがなくて、2丁目時代は地獄の日々だったとか、
ケンコバの大喜利力、たむけんは人気があり、中川家は漫才が面白い、
心斎橋2丁目劇場は殺伐としていた
陣内さんがリミテッドで腐っていた時、司会のやすともも、
2丁目で腐っていたので自分のことで精いっぱいで、
人のことなど構ってられないくらい、
2丁目時代は地獄の日々だったのだそうです。
私が「心斎橋2丁目劇場」で収録したテレビでわちゃわちゃと楽しそうに思えてたのは、
ながら見をしていたからなのだろうと思います。
「あぁ、この職場行きたくないわ~」みたいな感覚を、
やすともさんも陣内さんも味わってらしたのですね。
「2丁目軍団」と呼ばれていたが、お互いがライバル視していて殺伐としていたそうです。
やすよさん曰く「いじめられてた」
やすよともこはそれまで「梅田花月」の舞台に立ち、
梅田花月のチームはみんな仲良く和気あいあいとしていたのが、
心斎橋2丁目劇場に移ったら、ケンコバと中川家礼二から真似されていじられたこともあったらしいです。
真似してた人たちはいじめてるという概念はなく、「遊んでた」との事。
学校のいじめ問題に通じるものを感じてしまいました(汗)
ふざけてる、遊んでるつもりが、真似された側はそうは取れないというパターンですね。
当時の番組「すんげーBest10」でも、やすともの後ろに並ぶ芸人さんが、
やすともをにらみつけるという、私情が露骨にテレビに映る今見たら怖い番組です(笑)
会社内でも競争意識が強く、梅田チームの小藪、FUJIWARAの藤本、土肥ポン太の3人が歩いてくると、
2丁目チームの、千原ジュニアが「これはこれは梅田の皆さん」と挑発的な挨拶をしたあと、
「大喜利しようや」と大喜利の勝負を挑むなど、社内的にもごたごたがあったようです。
この頃でしょうか?「新喜劇やめよッカナ?」キャンペーンみたいなのがあって、
新喜劇のベテランさんの大多数が新喜劇を辞めて行った事もありましたが、どうも時期に近いころのようです。
リミテッド地獄の2丁目時代
リミテッドの漫才はとにかくウケなかったそうです。
当時はネタをする風習が劇場にはなくて、
ダウンタウンの影響でフリートークで笑いを取るのが、
カッコいいとされてる頃でした、陣内さんは
「ネタもウケてないやつらが、フリートークは全然(アカン)」
と当時を振り返ります。
あぁ、ダウンタウンがネタをやっていた頃が懐かしいです。
「花子さんはお風呂が大好きです。さてどうでしょう?」
ってクイズのネタ。面白かったんやけどな。
それは置いといて、陣内さんは早々と「お笑いに向いてない」
「恥ずかしい」と思いながら2丁目に通われてたそうです。
リミテッドの漫才を見ても、やすともからは「楽しそうじゃない」と言われ、
本人も「早く終わりたいから早口やった」と振り返ってました。
ともこさんも「2丁目の舞台は早く終わりたかった」そうです。
衝撃のロッテリア事件
リミテッドに悲劇的なうわさが立ちます。
「リミテッドを見たら不幸になる」
当時、2丁目劇場の収録のテレビ番組に出演時、
後ろの方で黙って立ってるだけだった陣内さん。
黙ってなにもしていなかったのに、クレームが殺到します。
当時の陣内さんは分厚いフレームなしの眼鏡をかけてました。
メガネのレンズが舞台の照明に反射して、陣内さんの眼鏡のレンズがピカピカしてて、番組に集中できないという苦情でした。
また、番組内で1分ネタをリミテッドがしてる時に、台風情報や、
社会情勢の変化に伴う臨時のニュースがひんぱんに入ってきて、
ネタが中断するというハプニングがありました。
ある日レギュラーの番組が始まったころに、
劇場の偉い人に呼ばれて「お前らおもんないからクビや」、
と偉い人はロッテリアのポテトを食べながらリミテッドに言い放ちます。
これからテレビ出演が決まってるのにも関わらず、「出なくていいすぐ帰れ」
これが、いまなら一般企業ならブラック濃厚ですね。
偉い人からも「お前らみたら不幸になるから帰れ」
ひどい・・。
しかし陣内さん本人は「絶対に売れない」と思ったとか。
なんで吉本入ったのか謎ですね。
同期など周りが凄すぎて、戦ってる姿を見せたくない。
舞台に出て戦ってるのが恥ずかしかった、先輩が上手にいじってくれてもうまく返せない。
いじってくれてるのも、「いじめられてる」と思っていたそうです。
負のループですね。
二人で立つ舞台が憂鬱。
ピン芸人にも恥ずかしがりやだからなりたくないから、
引退したいと思っていたそうです。
意外な過去ですね。
リミテッド解散、ピン芸人へ
リミテッドを解散して、何もしていなかった陣内さんを救ったのは、
陣内さんが「いじめられてた」と思っていた「2丁目芸人」の皆さんでした。
千原ジュニアさんが、テレビ番組のフリートークで「こないだ陣内がね」と名前を言ってくれて、
そのたびに陣内さんの画像がワイプで表示されました。
同様にケンコバさん、中川家礼二さんなども、陣内さんの天然ネタををテレビで披露するので、
2年ほど何もしていなかったのに、陣内さんの知名度が上がり、
腕のある人がご自身のことを話してくれるので、ファンレターも増えたそうです。
美味しいな(笑)
無職同然だったのに、名前だけ独り歩き。
その頃に2丁目劇場の支配人が変わり「コントしかやったらアカン」というルールになりました。
陣内さんもコントをしないといけなくなりました。
陣内さんは朝まで寝ないでネタを考えます。
恥ずかしがり屋で顔を見せたくないから考え付いたのが
「すりガラスネタ」越しに悩み相談をする女の子のネタ。
顔を見せたらリミテッドとばれないようにして臨んだ舞台は
「コンビを解散した芸人がピンになって初舞台でアカンかったらやめる」
という背水の陣でした。
この時同じ舞台に立ったのが当時人気絶頂の「2丁拳銃」で、
座席は満員。笑いが取れたら大きな笑いになるのに加え、
中川家剛さんが舞台のそでで陣内さんのコントをずっと笑って見てくれていたのも、ノリノリで舞台が出来る原動力になったようです。
この時の舞台で「ウケる」ことを初体験。
「ウケてるってこういう事なんや」と楽しくなってきて、
音声や映像を駆使したスタイルでブレイクします。
陣様天狗になる
帯番組「なるとも」を持つようになった陣様。
東京へも進出します。
番組もたくさん出るようになって、「あえて天狗になった」といいます。
自分の番組で企画書が上がってきて、面白そうじゃなかったら率直に「おもんないねん」と意見するようになります。
MCに自信がなかったから、敢えて威圧感でカバーしようとしていたそうです。
今なら自信があるから何でもやるそうです(笑)
陣様東京進出を決定づけた金言
島田紳助氏の一言「お前がどれだけ『なるとも』で得点決めようと、東京では誰も見てないぞ」
東京に行って勝負をするタイミングだった頃に言われた一言でした。
一度目の離婚でレギュラー激減
その後、今では他の人の奥さんになった女優さんと一度目の結婚をし、
更に離婚をしたことで、イメージダウンで仕事激減。
「触ったらアカン人」の扱いになります。
舞台の時も最初はシーンと静かに始まるも、最後は笑って終われたのに助けられたそうです。
次は、ダウンタウン、明石家さんま氏など東京に進出した吉本芸人に、離婚ネタをいじってもらって助けてもらいます。
ピンチの時に人にいじって貰って助かる陣様は、
人望があるのかもですね。
いろんな人と渡り合える陣様
ピンチの時に、同期や先輩芸人にいじられることで救われてきた陣様。
どんな人とも渡り合えるようになりました。
どんな人とも渡り合えるので、番組内では「2番手」「3番手」の扱いになるという陣様。
MCを回す人は、(人当たりが)不器用な方が良かったりすると分析されてます。
しかし自分はサブの方が向いてると自己分析の陣様。
「最強の2番」を目指したいそうです。
看板背負ってる同期がいてくれるのが有難いそうです。
何かあったら、中川家ややすともに頭を下げたらどっか出してくれるから安心できるそうです(笑)
やすよに嫌われたら芸能界終わりだそうです(笑)
陣様、つらい時代もありましたが、人に助けられてますね。
なんやかや、人として魅力的な人なんだろうと思いました。
M1グランプリ後半戦
ミルクボーイは誰がグランプリを獲るか、
誰にも言わずに1年過ごしたと話してました。
見取り図とオズワルドのお笑いファンエピソード
見取り図の盛山さんがM-1で東京に向かう時、若いお兄ちゃんが集まってきて「頑張って下さい」と激励され、
ケーキ屋のバイトの女の子からはお菓子をもらったり、
おばちゃんからポーチから出した丸めたティッシュを貰い、
新幹線の車内でティッシュの中を開けてみたら、何も入ってないタダのゴミだったというオチ。
うっかり自分もやってまいそう。ティッシュの中身は気を付けないと(汗)
オズワルド伊藤さんも、M-1一週間前に都バスに乗ろうとして先に精算するシステム上、運賃を先に支払おうとして、5000円札しか持ってなくて、運転手さんに両替をお願いしたら「できない」と断られた時、
知らないおばちゃんが「アタシが出してあげるよ」と210円を出してくれたそうです。
伊藤さんは「いいっすよ」と断るも、おばちゃんは「大丈夫そのかわりM-1頑張んなよ。そのかわり優勝したら100万円ちょうだいよ」と言ってきて、伊藤さんがお笑いノリで「やるか!」って言ったら「なんで?」
おばちゃんのセリフ、いかにも東京の人って感じですが、
切り替えしは関西に近い物を感じました。
どこかで関西かそれに近い血が流れてるおばちゃんかもしれません…しらんけど。
寒さに耐えたインディアンスは…
敗者復活戦から本選に出たインディアンズ。
2020年はコロナ対策で換気もしないといけないため、
テントしかないところで出番を待ってました。
田渕さんはケータリングのコーンスープを何杯飲んだか問題を出しますが、3杯だったというオチ。
その後、やすよさんの食べっぷりが暴露されました。
年齢錦鯉に近くて、食欲中学生のやすよさん。
これからも応援してます。