「やすとものいたって真剣です」トータルテンボス、すゑひろがりず感想

今回は未来のミュージシャンの息子さんも登場のコンビ

やすとものいたって真剣です 番組Twitter

やすとものいたって真剣です

ゲスト トータルテンボス西田幸治(笑い飯)
VTR出演 千鳥すゑひろがりず

トークゲストは、“渋谷系漫才”でブレイクし、
芸歴24年を迎えるトータルテンボス!

お笑いにふれることのなかった青春時代を過ごした2人が
NSCへ入学した当時を振り返る!

さらに、千鳥がトータルテンボスのスゴさを語る!
ギターの弾き語りで大ブレイク中の大村の息子、
晴空くんが送る父への“初めての手紙”も!

すゑひろがりずの「東海道五十三次ドライブ旅」は
“令和の弥次喜多”よろしく宿場を巡る珍道中の第2弾!
いつもの和風を封印した2人がほっこり旅を繰り広げる!

引用:https://www.asahi.co.jp/itaken/

やすとものいたって真剣です 実況

トータルテンボス

トータルテンボス東京っぽいコンビ。
2007年M-1でサンドイッチマンと優勝争いをしたコンビ。

トータルテンボスは静岡県御殿場市出身。
出会いは少年野球のチームメイトだった。
大学が別々でも友情は続いた。
藤田は野球選手、大村は企業に就職希望だった。
しかし、大学を中退して漫才の道へ。

2001年M-1芸歴10年目で最後の出場。
決勝戦でサンドイッチマンに惜敗。

出会いはリトルリーグで小学5年の時、
連絡網が大村の次が藤田。
大村はイタズラで大雨の日に「練習ある」と、
嘘の連絡を回して、藤田はお父さんから、
「あいつと遊ぶな」と言われたそうです。

その後、高校大学と別々に進み、
大村さんは2回留年してドロップアウトを考えます。
その時テレビでロンブーの番組をみて「これだ」と思いいます。

藤田さんも野球がしたくて大学進学を志望しますが、
受かったのは東北の大学。どうしても東京の大学に行きたかったので、
一浪して千葉県の大学に進学するも、1歳年下と同級生になるのがイヤで、
学校には行かずにゲームばかりしていたそうです。

その頃に大村さんからお笑いに誘われ、
「やるやる」とNSCに入ったものの、ネタの意味も分からず。
漫才とコントの区別もつかない状態でした。

2人はコンビニで吉本天然素材のビデオを買って、
お笑いの勉強をします。

ボケを大村さんが標準語でやり、
教材が関西弁だったので、藤田さんはツッコミを関西弁ですると、
先生から「お前どこの出身だ?」と聞かれ「名古屋です」と、
静岡よりすこし大阪寄りの地名を答えて誤魔化します。

関西の漫才には勝てないと思い、コントで勝負することにしたそうです。

新宿ルミネに出るようになりました。
お笑いをするようになって数年、大村さんはお笑いを辞めると決めます。
東京には大阪からも福岡からも、北海道からも面白い人が沢山来る。
いつ売れるようになれるか分からない。
大学の同級生のIT企業に就職した人から食事をおごってもらう状態。
このままではいけないと思うようになりました。

藤田さんも消費者金融から200万も借りていて、
藤田さんの人生も変えてしまったという思いもありました。
しかし藤田さんは「売れたら返せる」と思っていたから、
全然楽しかったそうです。
奢って貰っても「稼いでる人から奢って貰えてラッキー」と思ったそうです。

コンビの間に温度差がありました。

大村さんはやめるが藤田さんは向いてるから残れというと、
藤田さんは「二人でやらないと意味がない」と言い合いになります。

2人は吉本社員の人に相談したら
「来年からM-1があるから、漫才に挑戦してみて、
1年やってから辞めたら」と言われ漫才に挑戦することになります。

漫才をやってみて「自分で笑いを取ってる」という感覚があり、
語尾が「です」「ます」調のセリフより、自分の言葉でツッコミたい藤田さん、
大村さんに「自分の言葉で言いたい」と意見すると、反対されましたが、
一度だけと、やってみたらその舞台が大うけだったそうです。

この時「めちゃめちゃ気持ちよかった」
M-1も1回戦で敗れたら芸人を辞めるつもりだったそうです。

千鳥が語るトータルテンボスの漫才

ノブさんは以下の通り。
M-1以降もネタを作り続けて、全国回りづつけるのは尊敬出来ます。
「面白い」「聞いてて気持ちいい」しかしプライベートは面白くない?

大吾さんも
「舞台の後もケンカして、漫才に関しては真剣に向き合ってる」
「他の人だったら長すぎるフレーズも、藤田さんだったらスッと入って来る。」
「言葉のチョイス、トーンも完ぺき。普段は出ない」

大村さんが作る漫才ネタの事についても
「今年もM-1に出る?くらいのハイテンポな漫才を作る」(ノブ)
「テンポいいし、数もよいし面白い」(大吾)

舞台の衣装をスーツでキメてるのは、お笑いの意識が高い証拠。
「舞台で飯を食っていく」腹の括り方がカッコいい。

師匠からの嬉しかった言葉

中田カウス師匠から
「お前らの漫才は言葉こそ標準語やけど、間が上方やねん。」

大村さんのご子息「大村晴空」インタビュー

お父さんのことを何て呼ぶ?⇒「パパ」→「お父さん」へ変化

藤田さんのことは何て呼ぶ?⇒藤田

なんで「藤田」って呼ぶ?⇒ナメちゃってる

お父さんのことは?⇒尊敬してます。

晴空くんにとってトータルテンボスは?
⇒普段のお父さんとは別物。面白い。

お父さんに言われてる言葉は?
⇒(将来プロミュージシャンになりたい事について)甘い道じゃないからな。

藤田さんから言われて心に残る言葉は?⇒ないですね「ハンパねえ」くらい

この後「感謝の手紙」朗読。

すゑひろがりず東海道五十三次「其之二」

水口宿から続き。
次は土山宿天気が変わりやすい場所だそうです。
レンタカーで移動。


Wikipediaより引用

土山宿ではこれとは違う浮世絵の場所で、
絵のポーズ再現。

「地元のヤバイおじさん」

次は坂下宿(三重県亀山市)

絵に描かれてるお堂は「岩屋観音」
住職さんから撮影許可がおりませんでした。

「やすとものいたって真剣です」トータルテンボス、すゑひろがりず感想

大阪でも東京でもない漫才。
あまり聞いたこと無かったなぁ。

超純粋かつ楽天的な藤田さんと、
私と考え方が似てて、悲観的なところがある大村さん。

考え方が凸凹コンビだと思いました。

すゑひろがりずの東海道五十三次。
なかなか思うような画像が拾えないのが難点。
しかも、ご本人たちも写真撮影の許可が下りなくて難点。

これからどうなっていくのでしょうか?


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